自分を経営する者は、人生というアートを楽しむ。
■自分を経営する者は、人生というアートを楽しみ、アート無き所には単なる"生存"だけが残る。
「数学」マスマティックスという語は本来は、ギリシア語で「理解する」とか「学ぶ」という意味を持つ。数字もまた本質的にアートである。その目的は、合理 的な適合、すなわち、理解や学習に適した思考構造を形成することである。数学というアートの「手段」ミディアムは、抽象的な象徴的思考である。これに対し て通常アートと呼ばれているもの(すなわち、芸術)の手段(ミディアム)は、感覚的に知覚できるものである。これこそ、この二種類のアートの差異にほかな らない。
(中略)・・・・非常に深い意味において、これらすべての活動は、適合すなわちアート(芸術、技巧)に関係しているということが理解できよう。
人が為すことすべては、一種の芸術(アート)である。
デヴィッド・ボーム「断片と全体」より
「人が為すことすべては、一種のアートである」なんて、実に素敵な言葉ではないでしょうか。
私はよく「ビジネスというアート」や「教育というアート」の様に、アートという言葉を使います。
その人の活動、つまり"思考動作"には、その人ならではのアートが働いているからです。
私はよく「ビジネスというアート」や「教育というアート」の様に、アートという言葉を使います。
その人の活動、つまり"思考動作"には、その人ならではのアートが働いているからです。
経営者の方から「自分から仕事をやったら楽しいのに、どうしてうちの従業員はやらないのでしょう?」と、よく相談を受けます。
その答えを一言で言うと、「その人は、"自分の能力を使う"というアートの楽しさを知らないから」となります。
経営者は既に、どこかの経験で、感覚的にその点を学べているので、楽しまない人を見ると不思議に感じているわけです。
しかし残念ながら、「なんでやらないんだ!自分から動け!」と叱咤しても、それはまるで、
笑いの通じない人に、笑いを解説した所で、「あー、そういう事で笑っていたのか」と全然笑わないのと同じです。
笑いのセンスを得るまで、待つしかありませんね。
いつ、どこで、"思考動作"に芸術を感じるのかは、人によって違います。
だから、先に知っている人間が出来る事は、"芸術を感じられる様に、ベターな環境を用意する事"。
あくまでも気付くのは本人です。
急いでセンスを掴み得たい人は・・・・私のセミナーでお会いしましょう。


